難民認定手続
1.概要
(1)難民の定義
■1951年難民の地位に関する条約(難民条約)第1条A(2)
■1967年難民の地位に関する議定書第1条第2項
「人種、宗教、国籍若しくは特定の社会的集団の構成員であること又は政治的意見を理由に迫害を受けるおそれがあるという十分に理由のある恐怖を有するために、国籍国の外にいる者であって、その国籍国の保護を受けることができないもの又はそのような恐怖を有するためにその国籍国の保護を受けることを望まないもの」
■日本における難民認定手続の規定
「出入国管理及び難民認定法」(以下「入管法」)第2条第3号の2及び第12号の2、第61条の2~第61条の2の14
(2)難民認定手続の仕組み
■難民認定手続の流れ
◇正規在留者(「短期滞在」や「留学」など在留資格を有している者)
難民認定申請(窓口申請)⇒従来の在留資格のまま難民認定手続 or 在留資格「特定活動」へ変更して難民認定手続
⇒難民該当性の判断⇒難民認定 or 難民不認定
◇不法滞在者
難民認定申請(窓口申請 or 収容後申請)⇒仮滞在許可(退去強制手続停止) or 仮滞在不許可(退去強制手続続行)
⇒難民該当性の判断⇒難民認定 or 難民不認定
◇仮滞在許可の要件(入管法第61条の2の4第1項)
・一定の退去強制事由に該当すると疑うに足りる相当の理由がないこと
・日本に上陸した日(難民となる事由が生じた者は、その事実を知った日)から6月以内に申請を行った者であること
・迫害のおそれがあった領域から直接日本に入った者であること
・日本に入った後に刑法等に定める一定の罪を犯して懲役又は禁錮に処せられた者でないこと
・退去強制令書の発付を受けていないこと
・逃亡するおそれがあると疑うに足りる相当の理由がないこと
◇難民認定
在留資格「定住者」の取得許可 or 正規在留者の場合、「定住者」への在留資格変更許可
◇難民不認定
人道配慮なし or 人道配慮ありの場合、在留特別許可、在留資格変更許可、在留期間更新許可など
⇒異議申立(処分後7日以内)⇒難民審査参与員への諮問⇒法務大臣の決定⇒難民認定 or 退去強制
■第三国定住事業(2008年12月8日、グテーレス高等弁務官と麻生首相の会談の中で発表)
2010年度からの3年間で90人のミャンマー難民を日本に受け入れる計画
(3)難民認定手続に求められる本質
■「難民を難民として保護する」ための手続の実践
難民認定手続を所管する機関:入管法の執行を所管する入国管理局
→実体解釈の点、適正手続の実現において様々な困難
2.難民の認定における主要論点
(1)難民該当性の基本的な要件
①迫害を受けるおそれのある国籍国の外にいること
②迫害を受けるという「十分に理由のある恐怖」を有していること
③その恐怖が人種・宗教・国籍・特定の社会的集団の構成員・政治的意見のいずれかの理由によるものであること
④その恐怖の故に国籍国の保護を受けることができない、又はそれを望まないこと
(2)迫害の解釈
①法務省と裁判所の解釈:「生命又は身体の自由の侵害又は抑圧」
②渡邉彰悟弁護士の解釈:「国家の保護の欠如を伴う基本的人権に対する持続的若しくは系統的危害」
経済的・社会的自由、精神的自由に対する抑圧や侵害も検討必要
(3)立証責任・立証基準
①立証責任
◇立証責任→基本的に申請者
◇「出身国の人権状況」、「同様の状況に置かれている者の事情」等について
豊富な情報を収集し得る認定機関側にも証拠の収集分析の義務
◇東京地裁平成15年4月9日判決
法務大臣にも「提出資料に照らし、必要な範囲での調査を行う義務がある」。
②立証基準
◇難民認定手続における「立証基準」
難民認定申請者が主張の真実性に関し、審判者を説得するためどの程度まで立証しなければならないか、という基準
◇迫害についての「十分に理由のある恐怖」
「十分な理由」とは、当該申請者が置かれた状況に合理的な勇気を有する者が立ったときに、
「帰国したら迫害を受けるかもしれない」と感じ、国籍国への帰国をためらうであろう、と評価しうること
(4)信憑性
①難民の認定行為
◇「難民であることを有権的に確定する行為」:「裁量行為ではなくき束行為」
難民の要件に該当する事実を具備しているかどうかの正確な判断
申請者の信憑性についての判断:決定的な要素
②信憑性の判断における阻害要因
◇物理的要因
・申請者及び難民認定機関の双方で証拠収集能力が制限されているという問題
・申請者にとって、個人的体験や迫害事実について立証する際の阻害要因
この阻害要因:申請者の責任に帰属しない問題
・申請者側の物理的阻害要因を十分に考慮して、公正かつ適正な信憑性判断基準の確定必要
◇心理的要因
・申請者の心理的機能に障害がある場合、供述内容が事実から乖離することがあり、供述の信憑性において問題
(例)PTSDの1つの症状である記憶及び生活行為の狭窄
・入国管理局職員、難民認定機関及び通訳者に対する不信感や警戒心
出身国に残っている親類や知人に危険が及ぶことを避けようとする意識
→真実を隠し、虚偽の供述をする原因
◇文化的要因
・主に言語的障壁
事情聴取における意味の取り違い、特殊な言語の不知等による誤訳・不適切な訳
言葉の定義や概念についての審査官の解釈と申請者の解釈の不一致
◇構造的要因
・非対審構造
・認定機関:申請者の主張立証を受けて判断、申請者に有利・不利な証拠の調査、利用可能な全ての証拠の取調べ
・信憑性判断の客観的準則がない場合の判断→恣意的なもの
・入管法の執行を任務とする官庁=難民認定を所管する官庁
③評価原則
◇難民該当性の核心部分の供述の一貫性を重視すべきこと
◇証拠を全体的に評価すべきこと
◇虚偽の供述の動機を検討すべきこと
◇「核心部分」の判断を全体的かつ客観的になすための準則
・矛盾を見つけるのに過度の熱意を示してはならないこと
・矛盾のない合理性のある供述には独立した裏付けは必要ではないこと
・供述の信憑性判断は出身国の全体的状況を背景としてなされなければならないこと
・供述の信憑性は、難民認定機関の国の「常識」のみで判断されてはならないこと
④信憑性評価の公正さの担保
◇「疑わしきは申請者の利益に」(「灰色の利益」)の原則
◇釈明の機会
◇理由の明示
⑤信憑性に関する判例の蓄積
●供述細部の一貫性の欠如は難民該当性の核心部分の信用性を否定しないとする事例
●身体的精神的ショックや入管職員への不信感が供述の障害となっているとする事例
●「客観的事実との符合の有無」「内容の自然性・合理性の有無」「供述の一貫性の有無」という観点から判断する事例
●供述に虚偽の内容が含まれていても難民の心理的状況を斟酌し信憑性を否定すべきでないとした事例
●一部の証拠の偽造があっても供述全体の信用性を否定すべきでないとした事例
●言語感覚や常識の違い等の文化的要因と心理的混乱や記憶の混乱等の心理的要因を考慮すべきとした事例
●釈明の機会の保障について言及する事例
(5)適正手続
①適正手続に関する確認事項
◇適正手続の保障が行政手続にも及ぶことの憲法上の根拠規定:第31条の「準用」若しくは「類推適用」又は第13条等
「刑事手続に要請される適正さを基本に必要な修正をほどこして内容を具体化してゆくという考え方が妥当」
◇行政手続の適正さの一要件:告知・聴聞の保障、問題となる行政手続の性質によって適切な内容の考慮
◇難民認定手続における告知・聴聞:「釈明の機会」の保障
◇処分結果の具体的理由の開示:適正手続によって要請される問題
②適正手続における釈明の機会の保障の意義
◇審査官が申請者の証拠の信憑性に疑いを持つにいたった場合
疑いの原因となっている矛盾点や不合理と思われる点を申請者に開示、問題点について説明の要求
審査官が抱いている疑問を明らかにする目的と方法で尋問
◇釈明の機会を申請者に与えずに証拠を聴聞終了後に否定すること
公平の著しい欠如と共に真実発見という観点からも妥当性欠如→東京地裁平成15年4月9日判決
③処分理由の明示
◇入管法第61条の2第2項
難民の認定をしないときは、「当該外国人に対し、理由を付した書面をもって、その旨を通知する」。
→いかなる証拠評価によって証拠が不十分であると判断したのかについて明示必要
◇理由付記の際に審査官が遵守すべき準則
・すべての証拠の検証
・有効な理由の存在
3.2009年難民認定者数等(2010年2月26日法務省入国管理局報道発表資料)
(1)難民認定申請数及び異議申立数①難民認定申請数:1,388人、前年比211人減少
◇主な国籍:ミャンマー568人、スリランカ234人、トルコ94人、パキスタン92人、インド59人
◇申請者の在留態様等:正規在留者521人(約38%)、不正規在留者867人(約62%)
不正規在留者のうち、出頭申請者317人(約37%)、収容令書又は退去強制令書発付後の申請者550人(約63%)
過去に難民認定申請を行ったことがある者:申請者の約2割に当たる324人
②異議申立数:1,156人、前年比727人(約2.7倍)増加
◇主な国籍:ミャンマー632人、トルコ129人、スリランカ79人、パキスタン44人、イラン43人
(2)処理の状況
①難民認定申請(一次審査)の処理数:1,848人、前年比930人(約2.0倍)増加
◇内訳:難民認定者22人、難民不認定者1,703人、申請取下げ者123人
②異議申立ての処理数:308人
◇内訳:難民認定者8人、難民不認定者230人、異議申立て取下げ者等70人
(3)庇護数
①庇護数531人=人道配慮による在留特別許可者501人(過去最高)+難民認定者30人
②難民認定者30人
◇主な国籍:ミャンマー18人、イラン3人、アフガニスタン3人
③庇護者531人
◇主な国籍:ミャンマー478人(約90%)
(4)仮滞在許可制度の運用状況
①2009年における仮滞在許可者:72人、前年比15人増加
②仮滞在許可の可否を判断された者:1,028人
◇不許可の主な理由(1人の申請者について不許可理由が複数ある場合、その全て計上)
・本邦に上陸した日(本邦にある間に難民となる事由が生じた者にあっては、その事実を知った日)から
6か月経過後に難民認定申請をしたこと:796人
・既に退去強制令書の発付を受けていたこと:476人
【引用文献及び引用資料】
・渡邉彰悟「難民条約の国内的実施―難民認定手続」宮川成雄編『外国人法とローヤリング』学陽書房、2005年、155~177頁
・『判例時報1819号』24頁(東京地裁平成15年4月9日判決)
・法務省入国管理局ホームページ
・国連難民高等弁務官事務所ホームページ