「在留特別許可に係るガイドライン」に言及した判例
1.判示事項
「不法入国後約15年間日本で生活したペルー人夫婦及び日本で出生したその子供(裁決時点で小学2年生)に対し、在留特別許可を付与しなかった地方入国管理局長の裁決が、裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして違法であるとされた事例」2.事案の概要
原告父は、ペルー国籍を有する外国人であり、平成6年4月、日系人であると偽って、他人名義の旅券を所持して成田空港に到着し、東京入国管理局(以下「東京入管」という。)入国審査官から、在留資格「短期滞在」、在留期間「90日」とする上陸許可を受けて、不法に本邦に入国した。同年9月、大阪入国管理局(以下「大阪入管」という。)において、他人名義で、在留資格「日本人の配偶者等」、在留期間「3年」とする在留資格変更許可を受け、平成9年6月、名古屋入国管理局(以下「名古屋入管」という。)において、他人名義で在留期間更新許可申請をしたが、平成10年1月、この申請を不許可とする旨の通知を受けた。原告母は、ペルー国籍を有する外国人であり、平成6年8月、日系人の妻であると偽って、他人名義の旅券を所持して成田空港に到着し、東京入管入国審査官から、在留資格「短期滞在」、在留期間「90日」とする上陸許可を受けて、不法に本邦に入国した。平成7年10月、大阪入管において、他人名義で、在留資格「定住者」、在留期間「1年」とする在留資格変更許可を受け、同年11月、名古屋入管において、他人名義で、在留期間「1年」とする在留期間更新許可を受けた。平成8年1月、他人名義で、大阪入管から再入国許可を得て出国し、同年4月、他人名義で、再入国許 可による上陸許可を受けた。平成8年11月、名古屋入管において、他人名義で、在留期間「1年」とする在留期間更新許可を受けた。平成9年10月、名古屋入管において、他人名義で、在留期間更新許可申請をしたが、平成10年1月、この申請を不許可とする旨の通知を受けた。
原告長女は、原告父母間の長女として、平成12年に日本で出生し、出生後30日以内に在留資格取得申請をせず、在留資格のないまま日本で生活しており、ペルーで生活したことはない。
原告父母は、本件各不許可処分後名古屋入管に出頭しなかったため、名古屋入管調査部門は、平成13年6月、原告父母に対する入管法違反事件を中止とする中間処分(以下「本件中間処分」という。)をした。
原告らは,平成18年10月、本邦への在留を希望して名古屋入管に出頭申告した(以下、この出頭を「本件出頭」という。)。
法務大臣から権限の委任を受けている名古屋入管局長は、平成20年12月、原告らの、出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)49条1項の規定による異議の申出には理由がない旨の本件各裁決をした。本件各裁決の通知を受けた名古屋入管主任審査官は、平成21年1月、原告らに対し、本件各裁決を通知するとともに、ペルーを送還先とする退去強制令書を発付する旨の本件各処分をした。
原告らは、本件各裁決及び本件各処分の取消訴訟を提起した。
3.判旨
◇ 法務省入国管理局が定めたガイドラインについて「在留特別許可を付与するか否かにつき、法務省入国管理局は、『在留特別許可に係るガイドライン』を公表している。これによれば、在留特別許可の許否の判断は、個々の事案ごとに、在留を希望する理由、家族状況、素行、内外の諸情勢、人道的な配慮の必要性、我が国における不法滞在者に与える影響等、諸般の事情を総合的に勘案して行うこととされており、ガイドラインは、その際の考慮事項を定めたものである。したがって、ガイドラインは、その性質上、法務大臣等の上記裁量権を一義的に拘束するものではないが、上記ガイドラインの積極要素及び消極要素として記載されている事項は、在留特別許可を付与しなかった法務大臣等の判断の司法審査においても検討の要点となるものである」。
(在留特別許可に係るガイドライン(2009年07月改訂)参照)
◇ 本件中間処分に関する事情について
「裁決行政庁は、本件各不許可処分当時、原告父母の住所(これは外国人登録されたものであった。)及び勤務先を把握していたと認められるから、本件中間処分までの間、名古屋入管入国警備官が原告らにつき退去強制事由に該当すると思料する外国人として違反調査を行うことについて、何ら障害があったとは認められない。そして、平成18年10月20日の本件出頭まで、本件各不許可処分から約8年9か月、本件中間処分から約5年4か月経過しており、この間、名古屋入管は、原告父母及び3兄弟が本邦に在留することを黙認していたものであると評価されてもやむを得ない」。
◇ 本件各裁決の適法性について
「原告長女は、平成12年○月○日に本邦で出生し、以後、原告父母により本邦で養育され、本件各裁決当時、小学校2年に在学中であった。そして、原告長女は、スペイン語を聞いて理解することはある程度できるが、話すことはできず、家庭内でも日本語を使用していたのである。原告長女は、出生後、本邦内での生活経験しかなく、その言語能力にかんがみると、国籍国であるペルーで生活することになれば、生活面及び学習面で大きな困難が生じることは明らかである。児童の権利に関する条約3条1項において、児童に関する措置をとるに当たっては児童の最善の利益が主として考慮されるべきであることが規定されており、また、新ガイドラインにおいて、「当該外国人が、本邦の初等・中等教育機関(母国語による教育を行っている教育機関を除く。)に在学し相当期間本邦に在住している実子と同居し、当該実子を監護及び養育していること」が、在留特別許可の許否の判断において特に考慮する積極要素として掲げられていることに照らしても、原告らに対し在留特別許可を付与するか否かを判断するに当たっては、原告長女に係る上記の事情を積極要素として特に考慮することが求められるものというべきである」。
他方、「原告父母は、稼働目的で他人名義の旅券を用いて本邦に不法入国した上、原告父が日系人であると偽って在留資格を不正に取得していたのであって、原告父母のかかる行為は、我が国の出入国管理行政上看過し難いものであり、原告らに対し在留特別許可を付与するか否かを判断するに当たって、消極要素となるものである」。
しかし、「名古屋入管は、上記のような原告父母の不正行為が明らかになって、平成10年1月19日に本件各不許可処分をした後、平成18年10月20日に原告ら家族の本件出頭があるまで8年9か月の長期間にわたって、原告父母が本邦に在留することを黙認していたのであり、その在留期間中に原告長女が出生し、本件各裁決時点では小学2年生になっていたことを考えると、原告父母が行った上記の違法行為を消極要素として過度に重視し、その違法行為を理由に直ちに原告らが本邦で在留する道を閉ざすことは相当でないというべきである」。
原告らの事情を総合考慮すると、「原告らに対し在留特別許可を付与しないとした裁決行政庁の判断は、その裁量権が広範なものであることを考慮したとしても、社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことは明らかであるといわなければならない。
そうすると、本件各裁決は、裁決行政庁がその裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとして、違法であるというべきである」。
◇ 本件各処分の適法性について
「本件各処分は、裁決行政庁から本件各裁決をした旨の通知を受けた処分行政庁が、入管法49条6項に基づいてしたものであるところ、上記のとおり、本件各裁決は違法と認められるから、これを前提としてされた本件各処分も違法と認められる」。
* 本件以外の「在留特別許可に係るガイドライン」に言及したものについて
在留特別許可の法的性質(東京高裁平成21年3月5日判決)参照